2.首都高速をかけぬけろ!

 無事、研修会は乗り切った。

 正確には、研修会が終わった後の世界旅行の方がキツかった。

 南極に始まり、カナダ、アメリカ、スウェーデン、ノルウェー、フィンランド、アイスランド、ロシア、最後になぜか北海道。

 なんでこうなったとボクの方が叫びたい。

 なんで寒い季節に、こうも選んで寒い場所を走らせんだ?おかげで、エンジンがガソリンごと凍るかと思ったぜ。

 そして、帰宅寸前に、リョウコが必ず、次の場所の予告をするものだから、、、。合わせて、数々のむちゃぶり対応に気を使いまくったテツフミ。もはや。研修会の内容など、消耗して、覚えていなさそうな2人だが・・・いや、邪推は良くない。

「へぇ。そんなこともあったんだねぇ」

 後日、助手席で、ニヤニヤして聞いている男性。

 今回、テツフミは、今、男性2人を乗せて走っている。

 フミカズとユウキ

 テツフミが休日通っているボランティアグループで知り合った友達だ。

「なんで、最後が北海道なんだろう?」とフミカズ

「リョウコさんが石狩鍋を食べたいと言ったから。ちなみに、浦河にも寄ってきました」

「なるほど」

 ボクが神隠しに遭ってしまう現象には、いくつかの条件があることがわかってきた。

「さすがに、8回も神隠しに遭えば、わかりますよ。私以外の人が乗車していること。そして、その人物が何らかの能力を持っているときです。そして、転移は夕暮れにおきます」

 ああ、なるほど。

 ちなみに、外はいい夕焼けが広がっている。

 確かに、リョウコには、物に力や命を付与する能力があった。今回、乗っている2人にも、それに類する能力がある。

「ってことは? 今回もかなりヤバい?」

「そういうことです」

 不気味な笑顔を浮かべるテツフミ。うつろな目をして正面のみを見つめている。

 フミカズの顔が凍りついた。

「おーろーせー。誰か助けてー」たじろぐフミカズ。

「日頃、散々、人のことを小説にしている無茶振り返し、、、というか道連れです。

 書かれたキャラクターの苦悩も少しは、知ってください」

 そう、フミカズの能力は、高速タイピングで小説を執筆する能力。さんざん、友人たちは彼の書く物語の中でカモにされてきた。

「さあ、ユウキくん、どこでも君の行きたいところを述べてください」

 テツフミが会話の矛先を、後部座席のユウキに向ける。

 なるほど。このために、彼を連れてきたのか。

 ユウキは、少し考えて、悪魔の笑顔を浮かべる。

「では・・・僭越ながらいかせてもらいます」

「『ゴールドジム』」

 いや、マジで走ったよ。世界各地のゴールドジムに。

 せっかくだから、すべてのゴールドジムで、アブドミナルとバーチカルチェストだけ制覇してきた3人。入会料金? まぁ、すべての店舗での支払いをクレジットカードで済ませたので、フミカズはしっかりブラックリストに載ったことだろう。

「・・・なぜ、腹筋と胸筋だけをバキバキに・・・」と、息も絶え絶えのフミカズ。

「そこを傷めると、夜寝る時、苦しいからです」

 涼しい顔をして、プロテインをといた水素水で、のどを潤すテツフミ。

 ちなみに、こことばかりにすべてのトレーニングマシンを楽しんでいるユウキもいたりする。

「無酸素運動だけでは乳酸がたまるから、筋肉痛が半端ないって、トレーナーさんがいってたなぁ」

「悪魔・・・・」

「何とでも言ってください。だったら、次は天国にでも行きましょうか?」

 案外近い、天国まで3.5kmの道のり。

 ちなみに、それが今年のテツフミのSNSで「いいね」を飾ったトップ投稿らしい。

 東京原宿前のゴールドジムで3人を待ってた時。

 ボクは駐車場で、のんびり陽だまりを楽しんでいたところだった。

「まてー。ひったくりー」

 なにやら、女性の叫びと、その声の方向から走ってくるのは、旧式のスカイライン。いわゆる、ハコスカだ。なんか、マニアが喜びそう。

 追いかけて走ってきた女性の方に聞いてみる。

 どうしたんですか?

 運転席の窓を閉めたまま、尋ねてみる。まぁ、窓を開けたら、運転席に誰もいないことが発見されてしまうんで。

「あの車に、ハンドバックをひったくられたんです!」

 女性がスカイラインを指差す。

 うん。わかった。悪いようにはしない。

 トレーニングにかまけている3人をさておいて、ボクはアクセル全開で走り出した。

 スカイラインも気がついたらしい。一気に加速する。

 都心でのバリバリのカーチェイス。

 やがて、ボクとスカイラインは、渋谷から首都環状線にもつれこむ。

 勝負は五分五分。相手が昔の型の車じゃなかったら、軽自動車に勝ち目はない。

 ただし、運転席すらも人がいないボクの身軽さをなめてはいけない。

 あっさり、たどりついた横須賀でボクはスカイラインをおいつめた。

 古い車だったので、燃費が悪く、あっさりガス欠になってしまったのだ。

 こら、ハンドバックを返せ。

 逃げ道を塞ぎながら、ボクはクラクションを鳴らす。

「なんだと、こらあ」

 スカイラインから、これまたレトロなつっぱり兄ちゃんが降りてきて、ボクに向かってやってくる。

 が。

 ボクの無人の運転席を見て、兄ちゃんの顔色が変わった。

「へっ?」

 うん。悪いこと言わない。大人しく、ハンドバックを返した方がいい。

「どーなってんだ??」

 相手の気が抜けた返事をした隙に、助手席のドアを一気に開いて車内に兄ちゃんを巻き込む。

 窓を閉め、鍵をチャイルドロックかけて、出られないようにした上で、ボクは再び、首都高速に飛び乗った。

「ひ?ひぃいいい~」

 車内で絶叫する兄ちゃん。

 カーオーディオにセットされた携帯電話から110番通報はしておいた。現場では、ちょうどひったくりの事情聴取を行なっていたところだ。

 ドアを開け、お巡りさんの前でそれを吐き出す。

 ハンドバックを後生大事に抱きしめるツッパリ兄ちゃん。

「あ、私のハンドバック!」

 女性が驚く。

 無事、ハンドバックは女性の手に帰った。

「君が、助けてくれたのかね?・・・え?」

 その警察官の返事を待たず、ボクは東京原宿のゴールドジムを目指す。

 多分、運転席が無人なのは・・・気づかれたか、気づかれなかったか。

 東京原宿のゴールドジム前に戻ってきたのは、その30分後。

 ぼーっして、所在なく立ちすくむ3人がトレーニングを済ませて、唖然としてるところだった。どうやら、ボクがいないので、帰れなくなっていたのだ。

 3人とも待たせたね。

「あ”~ん」

 思わず泣き出す3人。まったく、情けないなぁ。さあ、乗って。でないと、また、置いていくぞ。慌てて、乗り込む彼ら。ボクは一気に長崎に転移した。

 教訓。首都高速は気持ちいい。

 テツフミが寝ている時に、また一人で走りにくることにしよう。

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